ボイストレーニングといえば、腹式呼吸をまず最初に思い浮かべる人が多いでしょう。しかしお腹に息を吸う程度のことは3分もあれば簡単に出来ます。大したボイトレ効果もありません。本校が勧める呼吸法は、正しい腹式呼吸を含んだ全身レベルの自然呼吸です。後で詳しく触れます。
ボイトレにおける腹式呼吸
腹式に限らず、呼吸に対して干渉するという行為はとても繊細であるべきです。
本来は自然に任せるべき物ですから。
ホンの僅かでも余計な緊張を与えると、思うように声がコントロール出来なくなります。一番良い方法は、完全に理想的なフォームが身に付くようキチンと練習する事です。二番目に良い方法は、呼吸法など全く気にせず自然に吸う事です。
「皆んながやるから私もやってます」
「吸った時にお腹が動くとほめられるし」
「それが正解なんだから、いま私はきっと上手く歌えてるんだろうな」
「でも、なんだか歌いにくいなあ」
という人はいませんか?
洗練されたフォームの呼吸が金メダルだとすれば、緊張の無い自然な呼吸は銀メダルです。レッスンの中で私達はよくこの事を言います。
中途半端に呼吸法を意識し、表面的な形ばかりに捉われて緊張している人は非常に多いです。ハッキリ言って腹式呼吸を実践している人の99%は、ただ不自然な呼吸を自身に強いているだけです。
そうなるよりは、ただリラックスして、自然に吸った方が良い状態でボイトレ出来ます。
腹式呼吸の練習で喉が疲れる
腹式呼吸で主に使われるお腹の筋肉群は元来とても強力です。そのお腹に意識を向けて吸うとどうなるか。
意識を向けられたお腹の筋肉は更に活発になります。身体中どの筋肉よりも活発になります。あなたが本来持っている自然で柔軟な筋力バランスに強く干渉します。
腹式呼吸だと大声は出るけど、喉が疲れるという人はいませんか?
それは干渉し過ぎているのです。
ボイストレーニングに充分慣れるまでの期間は、自由で快適な条件の中で、のびのび練習して下さい。呼吸への干渉も少ない方が良いです。
99パーセント自然に任せる呼吸法
実際、あなたの自然な呼吸にホンの少し干渉するだけで、素晴らしい声が出て来ます(もちろん呼吸法以外のボイトレも必要です)。
理想は99パーセントの自然呼吸に僅かな調整を加えた呼吸法。
これは素晴らしいウォームアップになります。全身の筋肉が柔らかく協調するので、あなたが持つ本来のパワーと表現力が目覚めます。
全身の協調の中には腹式呼吸も含まれています。
しかし腹式だけに限定して吸うと次のような不便が起きます。
腹部をふくらませる・・・かえって肩や胸が緊張する
お腹で声を支える・・・・緊張で声が硬くなる
肩の上がりを禁ずる・・・・歌や台詞が躍動しなくなる
呼吸法の目的は強い息を吐く事ではない
多くの人は「いかに多く吸えるか。いかに強く吐けるか」という基準で呼吸を評価しますが、それは間違いです。完全に間違っています。
多く吸う事、強く吐く事は、呼吸法の目的ではありません。
歌やセリフには、強い声を使います。息もある程度は強く吐かれます。しかし息のエネルギーが過剰だと、逆に声は弱くなります。
そして息のエネルギーは、あっさり簡単に過剰になってしまうのです。
呼吸法は声帯の成長と二人三脚
吸った空気は、肺と気管と声帯で共有した空間内で圧縮されます。圧縮によりエネルギーを得た空気は、ただ1つの出口である声帯を内側から押します。
そして、声帯の隙間を空気が通り抜けます。その時、声帯が振動して声が生まれます。
圧縮の調整をお腹の筋肉に任せると、息の圧力はアッという間に増大し、声帯が受け取れるレベルを軽く超えてしまいます。
声帯は閉じていられなくなり、弾かれて声がブレるか、裏返ります。
あるいは(これはもっと悪い事です)圧力に対抗するべく、強固に閉じてガチガチに緊張した声を出します。
腹式呼吸と胸式呼吸のバランス
呼吸法の練習で得られる一番のメリットは柔軟性です。
常に最大のパワーで息を解放しているのに、そのパワーは絶対に声帯の閉じる筋力を上回らない。しかもそのパワー調整が全自動。そんな便利な呼吸システムなど有り得ないと思いますか?
本校のボイトレでは、それは意外と簡単だったりします。
呼吸の中に胸式呼吸の要素を加えると、肺が垂直(腹式呼吸)と水平(胸式呼吸)にバランス良く広がります。この吸い方なら、ただ解放するだけで絶大なパワーが生まれます。
解放するだけです。押しません。力も入れません。
押さないという事は、吐くパワーと声帯を閉じる筋力が釣り合った時点で、それ以上の力は必要ない(余計な緊張やパワーロスが生まれない)という事。それは自動的に調整されます。
通常、声帯を閉じる筋力よりも、息を吐く筋力の方に余力があるので、声帯の筋力が発達すればそのまま、釣り合うパワーの最大値も上がって行きます。
これがベストバランスの呼吸です。
「胸に吸うと緊張するからダメ」と言う人がいますが、胸は使わない方が緊張します。本来起こるべき動きをブロックするからです。
「胸式は沢山吸えないからダメ」と言う人もいますが、腹式も胸式も含んで呼吸筋全体をバランス良く使えば沢山吸えます。
呼吸法は吸える量よりも扱い易さが大事です。そして扱い易い呼吸を選べば確実に呼吸量も増えます。
バランスの良い呼吸運動には、胸式呼吸の柔らかな躍動感、そして腹式呼吸の安定したパワーが含まれます。
お腹に手を置くボイトレのポーズ
ボイトレ教室の宣伝画像も腹部に手をあてた腹式呼吸のレッスン風景が定番。
トレーナーのアドバイスも「お腹に吸って」「お腹で支えて」が定番。
何でもお腹で済ませれば、実は教える側としては楽なのです。どんな初心者でも、取りあえずお腹に力を入れれば、大きな声や高い声が出るからです。
しかしその発声では自由自在にメロディーを歌えません。
高音は大声でしか歌えません。高いメロディーは必ず大声になってしまいます。
「サビだから盛り上がってるんだ。抑揚は大事だよ」と自分をごまかしてはいけません。
その状態は、近くで聞くとうるさいのに離れると届かない、いわゆる「そば鳴り」です。アルバイト講師のボイトレでも簡単に引き出せます。
舞台役者の発声も「そば鳴り」だと苦労します。近くでうるさいと(感情表現が不自然になるので)ドラマの空気を乱し、離れて届かないと観客に聞こえません。
声優、俳優志望の方は、強い表現を求めて声を緊張させている傾向があります。思い当たる方は、声帯を傷めてしまう前に正しい呼吸と発声を学んで下さい。
楽に吐けなければ何の意味もない
どんなに立派に吸えても、楽に吐けなくては全く意味がありません。実際、楽に吐けるならどんな吸い方をしても80点以上の声が出せます。冒頭で自然な呼吸が銀メダルだと言ったのはそういう事です。
あなたは楽に吐いて充分パワフルな発声が出来ますか?
自信を持ってイエスと言える人はあまり多くないはずです。一般のボイトレでは、楽な呼吸と効率的な共鳴パワーを結び付ける練習が抜け落ちているからです。
声が共鳴腔(胸、口、頭蓋などの空間)で充分に響き、パワーに満ちていると、息はスムースに流れます。声帯を通過する空気は、量も強さも丁度良いため、吐いてる実感さえありません。
呼吸の準備が整えば、声のボリュームも質感もコントロールが楽になります。
快適で効率良く上達するとレッスンも楽しくなりますよ!
実は、声がよく響く姿勢は息も吸いやすく、その逆もまた同じ事が言えるのです。但し、大事なのは見た目の姿勢ではなく、身体の奥のフォームです(この詳細を説明するには本を一冊書く位の紙面が必要なので省きます)。
もしも、あなたがボイトレをいくら練習しても上手くならないと感じているなら、ボイトレ相談室のQ2.01 練習しても上手くならないのは何故?を参照下さい。